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大阪地方裁判所 昭和60年(わ)2500号 判決

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事由)

被告人は、大韓民国籍を有する外国人であつて、大阪府高槻市〈以下省略〉に居住する者であるが、

第一  昭和五七年八月七日、同市桃園町二番一号所在の大阪府高槻市役所において、右居住地を管轄する同市長に対し、外国人登録証明書の再交付申請をするに際し、外国人登録原票及び登録証明書に指紋の押なつをしなかつた

第二  昭和六〇年三月五日、同市役所において、同市長に対し、右同様の再交付申請をするに際し、外国人登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋の押なつをしなかつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は包括して昭和五七年法律第七五号(外国人登録法の一部を改正する法律)附則七項により同法による改正前の外国人登録法一八条一項八号、一四条一項(七条一項)に、判示第二の所為は包括して外国人登録法一八条一項八号、一四条一項(七条一項)に各該当するところ、各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

第一弁護人らの主張

弁護人らは、一定の在留外国人に対しその新規登録等の際に指紋押なつ義務を課し、これを刑罰をもつて強制している外国人登録法(昭和五七年法律七五号による改正前のものを含む。以下「外登法」という。)一四条及び一八条一項八号の規定(以下、この制度を「指紋押なつ制度」という。)は、憲法一三条、一四条、三一条に違反し、かつ市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約七号。以下「国際人権規約B規約」という。)二条、七条、二六条に違反する無効なものであり、被告人は無罪であるとして、大要以下のとおり主張している。

一憲法一三条、国際人権規約B規約七条違反について

1 みだりに指紋押なつを強制されない権利

(一) 犯罪者でもない者が指紋の押なつを強制されると犯罪者扱いされたと感じ、不快感、屈辱感を覚え、人格を傷つけられたと思うのは当然であるから、みだりに指紋の押なつを強制されない権利は、私生活上の自由として、個人の尊重を規定する憲法一三条によつて保障されていると解すべきである。

(二) 指紋は、個人の識別の手段としては絶対的に確実なものであつて、種々の個人情報の中でも最も価値の高いものの部類に属し、本人の自由なコントロールに委ねられるべきものであるから、みだりに指紋の押なつを強制されない権利は、自己に関する情報を自らコントロールすることを内容とするプライバシーの権利の一つとして憲法一三条によつて保障されていると解すべきである。

(三) 右のようなみだりに指紋の押なつを強制されない権利は、基本的人権として、その性質上、外国人に対しても等しく保障されるものと解さなければならず、また、同権利は、人格的尊厳に関する自由権であると共に民主主義社会の根幹をなすプライバシーの権利であるから、このような権利を制約する外登法の指紋押なつ制度の合憲性の審査は、いわゆる二重の基準論に基づき、厳格になされるべきである。すなわち、右制度制定の目的が正当かつ必要不可欠なものかどうか、右制度による権利の制約が右目的達成のために必要最少限度のものかどうか、換言すれば、より制限的でない他の選びうる手段がないかどうか等を基準として審査されなければならない。

2 指紋押なつ制度の必要性、合理性の欠如について

(一) 指紋押なつ制度には不正登録等の防止機能はない。

検察官は、指紋押なつ制度の導入、実施により多数の二重登録等の事犯を摘発するなど多大な成果が上がつた旨主張しているが、これは事実に反するものである。すなわち、戦後の食糧難の時代に登録証明書によつて主食の配給がなされたために不正登録が頻発したのであり、食糧事情の好転や三回にわたる登録証明書の一斉切替制度の実施により、指紋押なつ制度が実施された昭和三〇年ころには、すでに二重登録等の不正登録が激減していたのであつて、指紋押なつ制度の導入により不正登録が減少した事実はない。また現在においては、虚無人登録や二重登録を必要とする食糧不足等の社会的背景はなくなつており、他方、登録手続の整備や外国人の地域社会への密着化等によつて不正登録や登録証明書の不正使用等に対する防止機能が働いているのであつて、この点でも指紋押なつ制度を維持すべき合理的理由は存在しない。

(二) 指紋押なつ制度は形骸化している(その運用実態)

指紋押なつ制度の運用実態は、以下のとおり、その制度の趣旨とかい離して形骸化しており、右制度を維持すべき合理的根拠はないといわなければならない。

(1) 市区町村における運用実態

法務省は、市区町村の登録事務担当者に事務取扱要領を配布しているが、そこでは、同一人性の確認について、写真と登録事項によつて行うよう指示しており、指紋の照会によつて確認するようには指示していない。実際にも、市区町村の担当窓口で行われている同一人性の確認は、写真と申請書に記載された事項のみによつて行つており、指紋の照会は全く行われておらず、また、市区町村の担当窓口には指紋照合のための設備はなく、そのための職員の訓練等も実施されていない。

(2) 法務省における運用実態

法務省は、指紋押なつ制度実施後、指紋原紙により指紋の換値分類作業を行つていたが、昭和四五年にこれを中止し、更に、昭和四九年八月から昭和五七年一〇月までの間は、新規登録の場合を除いて、指紋原紙への指紋の押なつを省略できることとしたため、法務省に指紋原紙が送付されておらず、法務省においても指紋押なつ制度は有名無実化している。

(三) 指紋押なつ制度の真の目的は在日韓国、朝鮮人の治安管理にある。

指紋押なつ制度は、その導入当時の法務大臣の国会答弁等から明らかなように、在日韓国、朝鮮人に対する治安対策として設けられたものであり、現実にも、市区町村が保管する登録原票は、指紋欄も含めて警察官が日常的に閲覧、複写しており、登録原票の指紋が外国人の動向調査のために利用されている。

3 よつて、指紋押なつ制度を定める外登法一四条、一八条一項八号の規定は、みだりに指紋押なつを強制されない権利を保障する憲法一三条及び「品位を傷つける取扱い」を禁じた国際人権規約B規約七条に違反する。

二憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条違反について

1 国民について居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする住居基本台帳法及び戸籍法が指紋押なつ制度を採用していないのに、在留外国人について同じことを目的とする外登法がこれを採用し、在留外国人のみ指紋の押なつを強制されているが、これは在留外国人を不当に差別するものであり、憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反する(なお、指紋押なつ制度が憲法一四条に適合するか否かの審査に際しては、国籍による差別扱いであること、及び重要な基本的人権に係わる差別扱いであることのいずれの点から見ても、前記の憲法一三条関係と同様に、厳格な審査基準によるべきである。)。

2 定住外国人について

(一) 仮に前記1の主張が容れられないとしても、外登法は、日本の国籍を有しない者を外国人とし、これに対し一律に指紋押なつの義務を課しているが、今日における人権概念並びに個人の国際的交流が進み、その生活実態が国民と変らない外国人が増加していることに照らすと、国籍の有無を前提として権利享有主体を論ずることは理念上も現実上も著しく妥当性を欠くものというべきである。従つて、国籍の有無のみを基準とした二元主義的思考に基づいて差別的扱いの合理性を論ずることは許されず、当該外国人が社会の構成員であるか否かを基準にして右の合理性の有無を検討すべきである。

(二) 右のような観点からすると、外国人の中でも「日本社会に生活の本拠を持ち、その生活実態において自己の国籍国をも含む他のいかなる国にもまして日本と深く結びついており、その点では日本に居住する日本国民と同等の立場にある者」である、いわゆる定住外国人については、日本社会の恒常的構成員であり、国民と同一の生活実態を有し、同一の社会的負担及び寄与をなしているものであつて、生活一般の関係において国民と差別的処遇をすることに何らの合理性も認められない。そして、定住外国人の具体的範囲の画定に当つては、日本国がその植民地政策により生み出した民族差別を解消すべき法的義務を負うという点からみて、当該外国人が来日するに至つた経緯も重要であり、①戦前から引き続き日本に居住する韓国、朝鮮人又は中国人及びこれらの者の子孫であること、②永住資格を取得した者であることの二つの基準によるべきである。

(三) よつて、右の基準に該当する定住外国人に対し、他の一般外国人と同様に指紋押なつ義務を課す指紋押なつ制度は憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反し、仮にそうでないとしても、同制度を定住外国人である被告人に適用することは右各条項に違反し、許されないものといわなければならない。

三憲法三一条違反について

指紋押なつ制度は、懲役若しくは禁錮又は罰金という刑罰をもつて指紋押なつを強制するものでありながら、前記のようにその実体的根拠が全くないものであるから、刑罰法規の実体の適正を要求する憲法三一条に違反する。

また、指紋押なつ制度が仮に容認されるとしても、単なる行政上の制度に過ぎないから、その違反に対する制裁も行政罰にとどめるべきである上、戸籍法及び住民基本台帳法が各種の義務違反に対して規定する制裁が行政罰たる過料のみであることとの対比からしても、外登法の指紋不押なつに対する制裁は、罪刑の均衡を失し、重きにすぎるものであり、憲法三一条に違反する。

第二当裁判所の判断

一指紋押なつ制度が憲法一三条及び国際人権規約B規約七条に違反するとの主張について

1 みだりに指紋の押なつを強制されないことの憲法的保障

指紋は、万人不同、終生不変という特性を有し、個人を識別するのに最も有効確実な身体的特徴であるから、個人に関する種々の情報の中でも軽視できないものであり、特に国家に対する関係では本来各個人の自由な管理の下に置かれるべきものである上、従来犯罪捜査の手段として広く用いられてきたことから、その押なつを強制されると、容疑者扱いをされたような不快感を覚え易いと考えられるのであつて、このような点から見ると、何人も、国家権力の行使に対する個人の私生活上の自由の一つとして、みだりに指紋の押なつを強制されない自由を有し、これを憲法一三条によつて保障されているものと解するのが相当である。そして、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると考えられるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解されるから、右のみだりに指紋の押なつを強制されない自由の保障も、その性質に照らし、わが国に在留する外国人に及ぶものというべきである。

そこで、外登法の指紋押なつ制度が憲法一三条に違反するか否かを検討することになるのであるが、一般的かつ実際的に見て、指紋から当該個人の人格や思想、信条等に関する事柄が判明することは稀であり、また、国家に指紋の押なつを強制されることによつて犯罪捜査を連想し、不快感を抱くという点についても、指紋押なつ制度がそれ独自の正当な行政目的を有しているものであることを認識しておれば、右の不快感は緩和されるものと考えられるのであつて、これらの点にかんがみると、指紋押なつ制度は、それが正当な行政目的を有し、その目的を達成するために必要かつ合理的なものであるならば、憲法一三条に違反しないというべきである。

2 指紋押なつ制度と憲法一三条、国際人権規約B規約七条

(一) 指紋押なつ制度の目的について

わが国に在留する外国人に対し、出入国管理行政をはじめ、教育、福祉、医療、徴税等諸般の行政施策を適正に遂行するためには、これら外国人の居住関係、身分関係を正確に把握しておくことが必要であり、そのために国は外登法により外国人登録制度を設けているのであるが(外登法一条)、同制度においては、個々の外国人を正確に特定して登録しておき、更に、在留する個々の外国人が登録されている外国人と同一であるか否かを確認できるようにしておくことが必要であるところ、指紋押なつ制度は、以上の必要性を充たすことを目的として設けられたものであり、その行政目的は正当なものということができる。

(二) 指紋押なつ制度の必要性及び合理性について

一般に、在留外国人の中には、国民に比べ、地縁関係や縁戚関係等に基づくわが国社会との密着性に乏しく、身分関係や居住関係が明確でないものが多く、その登録制度においては、個人の特定及び同一人性の確認が十分正確になされるような方法を採用することが肝要であるところ、指紋は、前記のとおり、万人不同、終生不変という特性があり、個人を特定し、同一人性を確認する手段としては、このうえなく正確なものである。この点、写真による個々人の特定及び識別は、簡易迅速に識別作業をなしうるという利点がある反面、人の容ぼうは、年齢、髪型、ひげ、肉付き等の違いによつて変わりうるし、近親者はもとよりそうでなくても類似する場合があり、また、撮影の方法その他の諸条件によつて顔付きに差異が生ずることもあり、更に、その同一人性の判断には見る者の主観が介在する余地があるのであつて、万全を期し難いという難点がある。従つて、個人の特定及び同一人性の確認は、写真等指紋以外の手段では十分でない場合があり、これに指紋を併用することによつてあらゆる場合にその正確性を確保することができることになるといつてよい。また、必要に応じて絶対的に同一人性を確定しうるという態勢を整えておくことは、外国人登録制度の信頼性を維持し、不正登録や登録証明書の不正使用、ひいては不法入国や不法残留の摘発ないし防止に役立つものと考えられる。そして、指紋押なつ制度の内容は、一指のみの指紋押なつを有形力をもつて直接的に強制するのではなく、刑罰をもつて間接的に強制しているものであり、手段として相当な範囲内にあるものと認められるのであつて、以上の諸点に徴すると、指紋押なつ制度は、前記の行政目的を達成するため必要かつ合理的なものであるといわなければならない。

(三) 指紋押なつ制度の目的、必要性及び合理性に関する弁護人らの主張について

(1) 指紋押なつ制度には不正登録等の防止機能がないとの主張について

関係証拠によると、外国人登録令(昭和二二年勅令二〇七号)施行時代に不正登録が多発したのは、当時の混乱した社会情勢、なかんずく食糧難が主要な原因であつたこと、その後の社会情勢の好転や登録証明書の一斉切替制度の実施等により指紋押なつ制度導入当時には登録人口が大幅に減少していたことが認められ、右の登録人口の減少は不正登録が減少したことによるものと考えられるが、指紋押なつ制度導入以前において不正登録が多発していたこと自体、外国人登録令が登録外国人の特定や同一人性確認の手段を写真等にのみ依存していたことに不備があつたことを窺わせ、これが指紋押なつ制度の背景になつたものと考えられる。また、指紋押なつ制度実施後、登録指紋の照合によつてどの程度不正登録等の摘発がなされたかについては必ずしも明確な資料がないものの、指紋押なつ制度によつて各人の指紋が市区町村や法務省に保管され、あるいは外国人登録証明書に押なつされ、必要があれば専門的鑑識により絶対的なものとして同一人性の確認をし、不正登録等を摘発することができることになつているのであつて、そのような態勢がとられていること自体が不正登録等に対する抑止的作用を果して来たことも推認するに難くない。更に、今日においても、わが国に不法に入国し、あるいは不法に残留する外国人は年間数千人を数え、これらの者に係わる不正登録や登録証明書の不正入手ないし不正使用に対処するためにも指紋押なつ制度は有効であり、また、そのことが不法入国や不法残留の抑止につながるといわなければならない。

(2) 指紋押なつ制度が形骸化しているとの主張について

関係証拠によると、外国人登録事務担当の窓口において、登録証明書の切替等に当たり、新旧の指紋を照合して同一人性を確認する作業を行つていない市区町村が多いこと、また、法務省においては、昭和四五年以降は市区町村から送られて来る指紋原紙について換値分類作業が中止されており、昭和四九年八月から同五七年九月までの間は既に新規登録等の際に指紋を押なつしたことがある者については指紋原紙への指紋の押なつを省略することができることとしたため、事実上指紋原紙による同一人性の確認作業ができない状態になつていたことなどの事実が認められる。

しかし、関係証拠によると、従来、法務省が市区町村の担当者に対し、写真のほか指紋によつても同一人性の確認をするよう指導していた面も窺われること、外国人登録における指紋の押なつは鮮明になされるべきものとされており、鮮明に押なつされた二個の指紋を比較対照して、その異同を一応判別することは必ずしも専門的技術がなくても可能であること、専門的鑑識による同一人性の確認は、必ずしも直ちにすべての登録指紋についてしなければならないものではなく、具体的に同一人性について疑いが生じた場合等その必要に応じてしても有効であること、指紋の換値分類作業が中止されていても、個別的に新旧の指紋の照合による同一人性の確認をすることには支障がないことが認められ、以上によれば、指紋押なつ制度はその運用の実態において現行法の仕組どおり行われていない面がかなり見受けられるけれども、不十分ながらなお機能しているものというべく、これが形骸化しているということはできない。

(3) 指紋押なつ制度の真の目的が在日韓国、朝鮮人に対する治安管理にあるとの主張について

指紋押なつ制度が、一般の犯罪捜査に資することを目的とするものでないことは、外登法一条所定の立法目的の外、指紋の登録及び保管に関する一連の運用規定が右の立法目的に沿つたものになつていることからも明らかというべきであり、在日韓国、朝鮮人に対する治安対策を企図して導入されたものとは認め難い。また、関係証拠によると、犯行現場で採取された指紋を大量の登録指紋を照合して犯人を割り出すというようなことは行われていないこと、捜査機関から刑事訴訟法一九七条二項に基づき登録に関する照会があつた場合でも、原則として指紋自体については回答せず、密入国事犯や外国人登録証明書の不正入手事犯など外国人の同一人性を確認し身分事項を確定するため特に指紋を用いる必要がある場合にのみ例外的に指紋をも含めて照会に応じることとしていること、一部市区町村において、登録原票の指紋押なつ欄を含め警察官らが閲覧するのを放任したり、照会に応じたりした事例があつたが、法務省からこれを禁じる旨の指導がなされていることなどが認められ、これらの点から見ても、登録指紋が一般的に警察に利用されていることはないと見るべきである。

(四) 結論

以上の次第で、指紋押なつ制度は、正当な行政目的を有し、かつ、これを達成するために必要にして合理的な制度であるということができる。その実際の運用面においては、現行法の規定する仕組どおりに行われていないと見られる点もあるけれども、そのために制度自体の必要性ないし合理性の根拠が失われるような事態には至つていない。従つて、同制度は、みだりに指紋の押なつを強制されない自由を侵害するものとはいえず、また、人の品位を傷つける取扱いをするものともいえない。結局、外登法一四条、一八条一項八号の規定は、憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反しないものというべきである。

二指紋押なつ制度が憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反するとの主張について

1 国民の場合は、居住関係や身分関係を明確にするための住民基本台帳法や戸籍法において、指紋の押なつ義務を課せられておらないのに、在留外国人の場合は、同じく居住関係や身分関係を明確にするための外登法において、指紋の押なつ義務を課せられており、在留外国人が指紋の押なつを強制されない自由について国民と異なる制限的な扱いを受けていることは明らかである。そして、法の下における平等の原則を定めた憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものと解されるが、同時に、問題とされる不均等が一般社会観念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合には、これをもつて憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものとはいえないと解されるのであり、指紋押なつ制度の憲法一四条適合性の審査についても、右と同様の審査基準が妥当するものというべきである。

2 そこで検討するに、国民は国籍を有することによつてわが国の構成員となつており、国家との関係においては、その構成員である国民とそうでない在留外国人との間では、その地位に基本的な差異があり、そのような差異は、現在の国際社会における国家の地位ないし機能にかんがみると、重要なものといわなければならない。そして、右のような国民と外国人との地位の差異を前提として、先に認定した指紋押なつ制度の目的及び必要性、合理性を考えると、指紋押なつ制度に関する国民と在留外国人との間の不均等は、一般社会観念上合理的な根拠に基づく必要なものと認めるのが相当である。

従つて、外登法一四条、一八条一項八号の規定は、憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反するものではない。

3 いわゆる定住外国人の問題について

弁護人らの定住外国人に関する主張には、傾聴すべき点があるのであるが、いわゆる定住外国人の場合でも、わが国との関係でその地位が国民と基本的に異なることは他の外国人と変りがないのであり、また、わが国社会との密着度においても国民と同じであるとはいえないのであつて、指紋押なつ制度を含め、外登法により国民と異なる規制を受けることは、やむをえないところであり、なお憲法上許容の範囲内にあるものといわざるをえない。

なるほど、わが国に長期にわたり居住在留する外国人の中には、わが国社会との密着性ないし身分関係及び居住関係の明確性の面でさまざまなものが含まれており、その程度がかなり高いものも見られることは確かであるが、それらのものを一定の基準をもつて区別し、登録制度に関し他と異なる扱いをするかどうか、どのような要件を充たすものに対しどのような扱いをするかは、立法政策上の問題であり、立法機関が内外の諸情勢を勘案して決すべき立法裁量の問題であるというべきである。従つて、外登法が、指紋押なつ制度に関しいわゆる定住外国人とその余の外国人を区別せず、定住外国人に対しても指紋の押なつ義務を課している点につき、これが憲法及び国際人権規約の前記各規定に違反するということはできない。

三指紋押なつ制度が憲法三一条に違反するとの主張について

指紋押なつ制度は、懲役若しくは禁錮又は罰金(あるいはその併科)という刑罰をもつて指紋の押なつを間接的に強制するものであるが、同制度の必要性及び合理性は前記説示のとおりであり、指紋不押なつを処罰すべき実質的根拠があることは明らかである。

また、戸籍法及び住民基本台帳法は、その各種義務違反に対して過料という行政罰を規定するに止まるが、右各種義務違反と指紋押なつ義務違反との間には、その内容や義務を課す必要性等について差異が存するのであるから、外登法の指紋不押なつ罪に対する制裁が立法裁量の限度を超え、罪刑の均衡を失しているということはできない。従つて、外登法一四条、一八条一項八号の規定は、憲法三一条に違反しないというべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青木暢茂 裁判官林 正彦 裁判官田口直樹)

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